校区の違い。

 現在、私の友人関係のほとんどは結婚、出産のカテゴリーを終え、コドモの就学の段階がほとんどだ。私は子供がいないので、子育てに関して、どーこー言うつもりもないし、相談される事もほとんどない。それでも、校区と言うか、住む所・・・つまり子供の通う学校に関しては、色々相談を受ける。環境が変わる、と言うか転校などは、子供社会においてはかなりココロの負担が多いからだ。
 たいてい、ダンナさんの実家に入る事が想定されてるパターンが多いが、小中学校においては、なるべく、変わらせたくない!というのが親心なのだろう。かと、言ってなるべくダンナの親とも暮らしたくないのも事実なのだが・・・。

 私は転校の経験こそないものの、校区に関しては、随分悩まされたのだ。以前エッセイにも書いたが、すぐ近くに保育園があるのに、遠くの幼稚園に通った。だから、家の周りに幼稚園のトモダチはいない。しかも、小学校にあがる時に引っ越したので、道一本をはさんだ為に、隣のN小学校に行く事になってしまったのだ。

 本来のT小学校も以前の家(母の実家)から遠いが、N小も新しい家から遠い。一応母から、道順の手ほどきをうけたものの、入学式当日は雨だったし、極めつけはもっとも単純な通学路が、大型の舗装工事だった為に、裏技とも言える、遠回りの道が通学路だったのだ。

 行きは6年生のお兄さんが迎えに来てくれたが、帰りはどこで曲がるか分からないのだ。裏通りなんて、わからないよお〜(泣)。結局、最終地点まで、つまり海の手前まで、来てしまったのだ。山口先生(御健在だろうか?)が、名札を見て、家まで連れて行ってくれたのを、覚えてます。山口先生も「こんなバカ見たことない。」と思ったでしょうね。

 翌日から、私は体中の神経の全てを、あの曲がるポイントにあわせてました。それにしても、引っ越した先の家も周りに同級生が少なかったです。また、私の1年2組は同じ幼稚園の出身者が(多分)一人も居なかったのでした。暗く寂しい小学校時代の幕開けだったと思います。学校に行く時も、誰一人知った顔はおらず、しかも私の担当の6年生はそっくりな双子だった為に、ますます私は困惑しました。学校に着いても声もかけれず、休憩時間も席から離れず、給食のシステムも初めてだったので、理解できず配膳は一番ビリでした。掃除になれば「1年2組の森」なる場所が分からず、マゴマゴするばかり。隣の女の子の足を引っ張るばかりでした。
 
 しかも、新しい家に帰っても、そのままランドセルを置いて、歩いて元の住んでた母の実家に御飯を食べに行くという、小学1年生にしては、ツライ環境だったと思います。自転車は乗れないし「危ないから」という理由で、使えませんでした。
 
 なんか、こうやって書いてると、まったくダメ人間みたいですね(笑)。でもそれくらい私の心は不安のどん底でした。オトナになるのってツライって思ってましたよ。
またまた、新しい家の問題点は続きます。「こども会」なるものがあって、それは隣のT小と合同なのです。しかも、我々N小の割合は1割程度の不利な環境でした。小学生同士のお付き合いは、我々オトナが思うより、複雑なのです。町内運動会もT小でした。通ってるのはN小なのに・・・現実を知らないお役所仕事ってヤツです。
 
 お祭りや、ラジオ体操などに行っても、馴染めず。嫌な思いばかりしました。だから、あまり家からでなくなってしまったのかも知れません。勉強も運動もパッとしないし、内気だし、人付き合いもできない・・・だからトモダチもできません。そんな私にスポットライトがあたる日が突然来たのです。

 2年生になって「劇の会」なる行事の時でした。人前で演技どころか、しゃべるのも嫌なので、「簡単な役が来ますように・・・」と祈ってました。そしたら、先生に指名されて、2人芝居をやる事になってしまったのです。女の子と2人芝居なんて、恥ずかしいし、セリフが多すぎて覚えきれないし・・・。泣きたかったですが、口答えする勇気も持ってなかったので、ズルズルとやる事になってしまったのでしょうね。「うさぎ」がどーしたこーしたという内容だったと思うけど。
 
 本を読むのは好きだったので、とにかく台本を読んでました。その内に「暗記」という能力が付いたのだと思います。相手の女の子もそうだけど、不思議に2人芝居の大量のセリフが頭に入ったみたいでした。練習時に「いつも内気な子が、あんなにたくさんセリフを覚えてしまった、あの子は天才だ!」という事になってしまったみたいです。子供って何かあると、すぐ天才って言うから・・・。いきなり、その日からクラス内の男子の対応が変わりました。ドッチボールを一緒にやろうとか、学校が終わったら遊ぼうとか・・・。私はと、言えば突然の変化にとまどうばかりでした。同級生との遊び方も知らない私はなんだったのでしょう?

 遊ぶエリアも、不規則でした。私の住んでた家は校区に東の果てだったので、コドモの溜まり場のような場所がなかったのです。皆それぞれ、集まる駄菓子屋等があったのですが、何故だか、そこにはいけませんでした。ナワバリみたいな雰囲気があったし、狭い店なので、ガラッと戸を開けると一斉に皆見るしね。地元はT小学区の人達に占領されてるし。文房具だって、そうでした。皆持ってるノートは同一店で購入された同じモノなのに、私だけオッサンのようなオトナびたノートでした。 何をしても、人と違うので、「何とか普通に。」が私のテーマでしたね。

 さて、話は「劇の会」の後に戻りますが、私と遊びたい男子が殺到してしまいました。世の中どーなってるのでしょう?しかし、ドッチなんてやった事ないし、大体おもしろくないし・・・私は文科系コドモだったので、体育会系は苦手なのです。家に帰れば、帰ったで、我が家は17:00に夕食なので、あまり時間がないのです。自転車乗れないし・・・。のちに分かった事ですが世間一般の夕食は19:00頃だったんですね。これだけでも、不思議がられましたよ。

 結論、普通が一番ですよ。誰にでも好かれようなんて、爽やかな事言わずに、普通に友達が居て、特別じゃなくても勉強や運動ができてね。「わが道を行く。」なんて今でこそできますが、あの頃は画一的な社会なのだから、それに順応した方が正解でしょうね。親も自分の価値観を子供の押し付けない方がベターでしょうね。コドモ同士でも、ホントは性格合わないのに、他にいないから一緒に遊んでる・・・なんて事ありますよ。オトナならだんだん疎遠になるけど、コドモはイヤでも顔をあわせなきゃならないですからね(オトナもかな?)。

 引越しって、環境が変わって良い事もあるけど、コドモの小さな低い視点からはツライ事の方が多いから、ダンナさんの実家に入るのがイヤなら、せめて同じ学区に中学を卒業するくらいまではいた方が良いと思いますよ。

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